マザー・テレサ - Mother Teresa

本名、アグネス・ゴンジャ・ボヤジュ(Agnesë Gonxhe Bojaxhiu「花のつぼみ」の意、1910年8月27日〜1997年9月5日)
マザーというのは指導的な修道女への敬称、テレサというのは修道名。カトリック教会の福者。




1997年4月、転倒した際に首の骨を負傷、8月にはマラリアに罹患した。
1997年9月5日、マザー・テレサは87年の生涯を終えた。最後の言葉は「もう息ができないわ」であった。

マザー・テレサことアグネス・ゴンジャ・ボヤジュはオスマン帝国領のコソヴォ、ウシュクブ(現代のマケドニア共和国のスコピエ)でアルバニア人の家庭に生まれる。父は実業家で、彼女は三人の子供たちの末っ子であった。

両親はマケドニア地方に住むアルバニア人のカトリックであったが、アルバニア人にはイスラム教徒が多く、マケドニア地方にはマケドニア正教徒が多かったことを考えると珍しい家族であった。


アグネスの幼少時代についての記録はほとんどないが、小さいころから聡明な子供で、12歳の時には「将来、インドで修道女として働きたい」という望みを持っていたといわれる。

18歳のとき、聖座の許可を得たアグネスは故郷のスコピエを離れ、アイルランド系の修道会であるロレト修道女会に入ってカルカッタ(現コルカタ)へと赴くことになった。

ロレト修道女会は女子教育を行う修道会であった。アグネスはダブリンで基礎教育を受けると修練女として1931年にインドのダージリンに赴き、初誓願のときに選んだ修道名がテレサである。この名前はリジューのテレーズからとっている。
1937年に終生誓願を宣立し、以後シスター・テレサとよばれることになった。


1929年から1947年までテレサはカルカッタの聖マリア学院で地理を教え、1944年には校長に任命されていた。上流階級の子女の教育にあたりながら、テレサの目にはいつもカルカッタの貧しい人々の姿が映っていた。彼女自身の言葉によると1946年、汽車に乗っていた際に「最も貧しい人の間で働くように」という啓示を受けたという。バチカンの修道会管轄庁などカトリック教会の上層部は慎重に評価を行い、簡単には彼女の活動に対する認可を与えなかったが、テレサはあくまで自分に与えられた使命に基づいて行動しようとした。


1950年、カルカッタで協力者たちと共に精力的な活動を行っていたテレサはバチカンから修道会設立の許可を得た。これが「神の愛の宣教者会」である。テレサによれば同会の目的は「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からもケアされない人のために働く」ことであるとされた。

インド政府の協力でヒンドゥー教の廃寺院をゆずりうけたテレサは「死を待つ人々の家」というホスピス施設を開設した。以降、ホスピスや児童養護施設を開設していくが、ケアする相手の状態や宗派を問わないマザー・テレサたちの活動は世界から関心を持たれ、多くの援助が集まった。

1960年代までに「神の愛の宣教者会」の活動は全インドに及ぶようになった。さらに1965年以降、教皇パウロ6世の許可によってインド国外での活動が可能になった。
インド以外で初めて宣教女が派遣されたのは南米ベネズエラであった。以後、修道会は全世界規模で貧しい人々のために活躍するようになる。


1971年、教皇パウロ6世は自らが制定した勲章「教皇ヨハネ23世平和章」の最初の受章者としてマザー・テレサを選んだ。このあとも、テレサは多くの賞賛を受けることになる。

1971年ケネディー賞、1973年テンプルトン賞、1975年シュバイツァー国際賞、1979年ノーベル平和賞、1980年バーラ・ラトナ賞、受賞。1985年アメリカ合衆国大統領自由勲章、1994年アメリカ上院議会金賞(en:Congressional Gold Medal)、1996年にはアメリカ名誉市民に選ばれる(アメリカ名誉市民はわずか6人しかいない)。


宗派を問わず、すべての貧しい人のために働いたマザー・テレサの葬儀はインド政府によって国葬として行われる。インドの大統領や首相以外で国葬されたのは彼女だけである。

2003年10月19日、当時の教皇、ヨハネ・パウロ2世によって列福。

* 私は、なぜ男性と女性が全く同じであると考え、男女の間の素晴らしい違いを否定する人たちがいるのか理解できません。
* 女性特有の愛の力は、母親になったときに最も顕著に現れ、神様が女性に与えた最高の贈り物―それが母性なのです。
* 子ども達が愛することと、祈ることを学ぶのに最もふさわしい場が家庭であり、家庭で父母の姿から学ぶのです。家庭が崩壊したり、不和になったりすれば、多くの子は愛と祈りを知らずに育ちます。家庭崩壊が進んだ国は、やがて多くの困難な問題を抱えることになるでしょう。
(以上、北京世界女性会議へ宛てたメッセージ)

* 愛の反対は憎しみではなく、無関心。
* この世で最大の不幸は戦争や貧困などではない。寧ろそれによって見放され、“自分は誰からも必要とされていない”と感じる事。
* 銃や砲弾が世界を支配してはならない。大切なのは愛である。
* 苦しみが私達の生活に訪れて来る時、ほほえみをもって受け入れましょう。神が送り給うすべて、求め給うすべてをほほえみながら受け入れる勇気は、神からの最も偉大な賜物といえます。
* (1981年4月、初来日の際)日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります。
* (ノーベル平和賞授賞式でのスピーチで)私は受賞に値するような人間ではないけれど、世界の最も貧しい人々に代わってこの賞を受けます。
* 家に帰って家族を大切にしてあげて下さい(ノーベル平和賞受賞の際、インタビューで「世界平和のために私達はどんな事をしたらいいですか」と問われて)。



コメント

  1. BlogPetのまとりっくす☆005 | URL | -

    まとりっくす☆0

    まとりっくす☆009が息するの?

  2. BlogPetのまとりっくす☆007 | URL | -

    カトリックって…

    カトリックって…なんだろう…?

  3. BlogPetのまとりっくす☆001 | URL | -

    福って…なんだろ

    福って…なんだろう…?

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